いいわけはもうやめた。

要は本気出せるかどうか。

いじめられて1年以上無視されてた14歳|始まりは女性スキャンダル

中学2年生の時いじめられていたっていう話。

あれっていじめられてたんだ。って認識したのは年月が過ぎてからのことだったけど。ひどい仕打ちを受けてたとは自覚してたけど、世間一般にいう、いじめられっ子に、まさか自分がなっていたとは思いもしなかったから。

集団意識というのは怖いもの。発端になった中核の人以外関係ないのに、率先して参加してたもんなあ。

いじめの原因って些細なこと。きっかけは嫉妬と借りパク

はじまりはほんの些細なこと。当時親友(と思っていた)のベイスの彼女クルミと話したり連絡取り合ってたこと。それだけ。

きっかけは狂気なまでの嫉妬。でも引き金は僕が友人ジャイアンの教科書を借りパクしちゃってたってところ。借りパクについては全面的に僕が悪いです。ごめんなさい。

あくまで引き金であって、ベイスにとってはそれを始める口実でしかなかったけどね。

ベイスのじゃないし。ジャイアンともそんなに仲良しな訳でもなかった。周りの人間を誘うために、ちょうどいい材料だったんだと思う。

ついにいじめられる日々が始まった

中学2年生の教室は2階で、2組から4組のベランダは繋がっていた。

毎朝登校したらまずはそこに集まってしゃべったり遊んだりするのが習慣だった。昼休みも放課後もそこに集まる。

 

それがある日の朝突然、ベランダに出ていた男子のほぼ全員から無視された。最初は「なんかおかしいな?」ってぐらいで気にしなかったけど、2日3日と続くにつれて意図的なんだなって気付いた。

 

相手方には幹部みたいなのが数人いた。いじめを引っ張るリーダーグループみたいな感じ。その中の一人が借りパクしていた教科書のことを直接質問してきた。完全に僕が悪かったんだけど、そこでの態度が気に食わなかったらしく、さらに状況は悪化した。

 

登校後も無視。部活も無視。1,2ヶ月続いたあたりからフリーメールのアドレスからメールが届くようになった。(当時は携帯を持ってる中学生はごくわずかで、PCでメールしてた。)

「死ね。」「学校に来るな」「リンチしてやるからベランダこいよ」「頼むから自殺してくれ」

そんな内容が狂ったように何十通も届いた。送ってきてたのは一人だけ。99%、ベイスだった。もともとカッとなったらなにするかわからない性格だったので、察しはついていた。

いじめられて落ち込むどころかムキになっちゃった変態ぶり

ここでノーマルタイプの人間なら落ち込んで、学校に行きたくない、最悪だ。となるんだろうと思う。けどなにを思ったか僕は、「思い通りにさせたくない、逆を突いて学校には皆勤でいってやる!」って思っていた。笑

 

とにかくなんか相手の思惑通りになるのが嫌だった。操られてるみたいで。今もそれは変わらない。だから会社とか大嫌い。笑

 

今考えると自分アホだなーって思うんだけれど、メールを普通に返信してた。あおり倒た。「行きません。」とか「リンチされてるってわかってていくわけないでしょ。」とか。今思うと挑発。笑

毎日いじめられていたが、両親にはひた隠しにしていた

そこからまさか1年以上も続くとは思わなかった。朝登校するのにも、同級生の群れに出会うのが嫌だったからかなり早めに登校した。だれにも出会わない時間帯に家を出て、親には毎日朝練って嘘ついていた。

 

両親には相談しようと思わなかったし、隠していたけど、ある日親父にメールをみられた。親父はキレた。でもうちの親父は超が付くほどの理論派で、力任せになにかをするということはしなかった。

メールを全部データでコピーとって警察に提出する準備をしたり、法律を調べ尽くしていた。その上でそのメールに返信。「これ以上続くようなら法的措置をとります。」って。

今考えるとくっそシュールな対応だな。笑

そこからメールはピタッと止まったけど、学校での状況は相変わらずだった。

 

同学年の同性は、ほぼ全員が敵って感じだったから、一匹狼で誰ともつるまないようなヤツと、いじめなんて生産性がないことやめたら?みたいなこと言い出しそうな秀才と3人でいることが多かった。

いじめられている真っ只中の修学旅行

そのまま中学3年になり、5月には修学旅行が待っていた。両親にはもうバレてたから、「行きたくなければ行かなくていいよ」と言われていた。これまた思惑通りになるのが嫌で絶対行くって決めてた。

 

2泊3日の旅行中、荷物を守ることしか考えてなかった。修学旅行の荷物のボストンバックにチェーンと南京錠をつけていったのは全国探しても僕ぐらいじゃないか。笑

 

さらに修学旅行は最悪なことに、いじめの発端になったベイスの彼女クルミと一緒の班でどうしても行動をともにしなければいけなかった。それには本当に頭を悩ませた。

 

話すだけでも嫉妬されて頭沸いちゃうのに、一緒の班で仲良くなんかしてたらそりゃあもう…。バスで移動するときには一番離れた席に。歩くときには最前列と最後列に、みたいに避けて避けて避けまくった。

 

結果旅行中にはなにも起こらずに済んだけど、なにをしたかはほとんど覚えてない。荷物を守りきったぞ!っていうことは覚えてるけど。

いじめの原因は些細なこと。いじめの終わりも些細なきっかけから。

終わっていくきっかけになったのはいじめてた幹部グループの一人が、突然部活中にバットを渡してきた。(野球部でした)

 

僕が「いいの?巻き込まれるよ。」というと彼が「いいよ別に。はじめは冗談半分で乗っかってたけど、正直もうめんどくせーわ。」っていって話し出した。

 

その日から彼とは普通に話すようになって、そこから一気にみんなが普通に戻っていった。きっかけのベイス以外は正直集団でやってるからとりあえず乗っかっておこうとか、仲間はずれが怖かっただけなんだと思う。

 

なんだかんだと終息に向かって一番ビックリしたことは、事を企てて一番僕に腹を立ててたベイスが、「ちーっす。」みたいな感じで1年前と同じ感じで絡んできたこと。突然ね。

周りに賛同者がいなくなった途端、自分も元通り、みたいに。

本人はそこまで覚えてないかもしれないけど、された僕は鮮明に覚えてる。

トラウマ化と交友関係の考え方

このいじめで僕が大きく変わってしまったことがあって、それは「誰かと仲良くし過ぎると裏切られたときの反動がその分大きい」っていうことを常に意識するようになったこと。それ以来特定の人間とあんまり仲良くならないでおこうって思うようになった。

 

高校の入学式の日。校門を通過するときに「心を許すような友達は作らないでおこう」って決心したのを今でもハッキリ覚えてる。今思うととても悲しい発想だな。

高校も大学も、いい人いっぱいいたけど、ほぼ誰とも連絡をとってない。

いまだに一緒に遊ぶのは中学時代の友達だけ。(それも、そのいじめに参加してなかった人)

 

世の中にはいじめられて学校に行けなくなって、まともに勉強もできなくて進学できなくなったり命を絶つ人がいたりする。僕はそこまでじゃなかったけど、それなりに今の人生にも影響が出てる。

自分が親になって思うこと

いじめの報道があった時に、よく教師が責められているのをみるけれど、教師は気付かない事だってあるはず。もちろんSOSを出していれば助けてあげるべきだと思うけど。

 

それ以上に思うのは、いじめてた子供の両親はどんな人なんだろうってところ。

子供って親の愛情と教育(しつけ)の結晶で、良いところも悪いところも両親の育て方は大きいと思う。

 

今僕には3歳の娘がいる。常々思うのは、勉強なんかできなくてもいいから、常識と思いやりを持った大人になってくれればそれでいいってこと。

人を傷つけることもある、なにか間違いを起こすこともあると思う。でも人として、最低限のラインはちゃんとわかる子供に育ってほしい。

 

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